電子レンジとティーバッグ

作成者: hagimoto
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お昼ごはんを食べるために定食屋に入って、サバの塩焼き定食を頼んだとします。そこは注文した料理がとても早く出てくるお店で、サバ塩が数分で出てきました。どう考えても、注文してから焼き始めたにしては出来上がるのが早すぎます。厨房の様子をうかがうと、ときどき「チン!」と音が聞こえます。きっと、電子レンジを使って、あらかじめ焼いておいたサバを温めて出しているようです。

お茶でもしようかとカフェに入ったとします。今回はコーヒーではなく紅茶を注文します。すると店員さんがカップにお湯を注ぎ始めました。そして、そのお湯入のカップと一緒に紅茶のティーバッグを渡してくれました。

こんなとき、私は少しガッカリした気分になります。その理由を考えてみました。

出てきたサバの塩焼きや紅茶の味はどうなのでしょう?味覚に自身のない私にはなんとも言えませんが、決してまずくはありません。おそらく素材のサバや紅茶葉がいいものであれば、電子レンジでもティーバッグでも充分美味しく出来上がるでしょう。それに、そもそもリーズナブルな定食屋やカフェです。きっと電子レンジやティーバッグを使うことで安く提供できるのでしょうから、その範囲の中でこの味なら充分だと思います。

頭で考えれば合理的な方法に思えるにも関わらず、気分的なガッカリ感が残るのはなぜでしょう?それはおそらく、電子レンジやティーバッグが”手抜き”のイメージと結びつくからだと思います。電子レンジという調理道具は、優れたシェフによって創造的に使われれば、これまでにない調理方法、これまでにない料理を生み出す道具となりうるものですが、私自身は、手の込んだ料理が面倒くさいときや、残り物を温める目的ぐらいでしか電子レンジを使いません。ティーバッグも、いちいち茶こしやティーポットを用意する必要もなく、使った後の茶葉を捨てるのも簡単なのがありがたいと思って使っています。電子レンジやティーバッグの”手抜き”イメージは、実は自分自身の体験から来ているようです。

お店で食事やお茶をするとき、いくらリーズナブルとはいえ、自宅での食事よりはレベルの高いものを期待してしまいます。こっちは素人、お店はプロですから。プロの仕事として”手抜き”が垣間見えてしまうと、結果が充分なレベルであっても、ガッカリ感につながってしまうようです。しかも、私にも馴染みのある電子レンジやティーバッグですから、それがどの程度の”手抜き”なのかイメージできてしまいます。

実際には電子レンジやティーバッグを使っていたとしても、お客さんに悟られないようにしてくれれば、私の感じたガッカリ感はほとんどなくなると思います。電子レンジは、音がしない、見た目が家庭用と違うなどの工夫で、お客さんには気づかれなくなるかもしれません。ティーバッグは、あくまでも店員さんが使ってお客さんには出来あがった紅茶だけを提供する、ひものついていないティーバッグを中の見えないティーポットに入れて提供するなどすれば、かなり印象がよくなると思います。

ユーザーエクスペリエンス(user experience, UX)というのはわかりにくい概念です。UXのの重要な観点は、機能やスペックだけではなく、それをユーザーがどう受け止めたのかも関心事に含めるということです。この観点で製品やサービスを見る時には、ユーザー側のプロフィールや体験、ユーザーと製品や機能の関係性、ストーリーなどにも目を向ける必要があります

上記の電子レンジやティーバッグは、まさにUXの事例だと思います。定食屋やカフェというサービスに対して私が感じがガッカリ感は、提供されている食事の味や金額、出てくるまでの時間といったスペックだけでは解釈できず、私自身の体験、電子レンジやティーバッグに対するイメージ、プロの仕事に対する期待なども含めて考える必要がありました。

行動観察やインタビューは、このような要素を探るのが比較的得意な手法なので、UXを目的とした調査や評価では重視されます。