思考の言語化が上手な被験者と苦手な被験者について

作成者: hagimoto

ユーザビリティテストでは、被験者さんに評価対象を操作してもらいながら、その時々頭の中で考えていることを発話してもらいます。
こうすることで、その人が何に気づき、何に迷い、どう理解し、どう判断しながら操作を行っているのか読み解こうというわけです。
ただ、いきなり発話をお願いしても普通はうまくできないので、発話情報だけで充分ではない場合には、こちらから「どうしてそのボタンを押したのですか?」などと質問することで、さらに詳しく情報を引き出していくことになります。

ところで「どうしてそのボタンを押したのですか?」と聞かれて、みなさんはその理由をきちんと説明できるでしょうか?たいていの人は、普段そんなことを自覚しながら製品を操作していないでしょう。
普段考えたこともないようなことについて質問されて、きちんと答えられる人とそうでない人がいます。
昨日まで行っていたユーザビリティテストでは、自分の思考をとても上手に言語化して回答できる人と、何を言いたいのかほぼ全くわからない方がいらっしゃいました。

ただここで、後者のような方は”被験者としてふさわしくない”と言ってしまうのは簡単ですが、彼らもごく普通のユーザーであることを忘れてはいけません。
思考の言語化が上手な被験者ばかりを集めればテストはやりやすくなりますが、特殊な属性の人たちばかり偏ってリクルーティングしてしまっているリスクも出てきます。

個人的には、一つのテストに参加する被験者さんの一部に思考の言語化が苦手な人が少し含まれているぐらいなら全然ウェルカムだと思っています。
評価者側は当たり前のように発話をお願いし思考について質問しますが、それはとても難しい要求なのだと改めて思い知らされます。
得られる情報が減るのは残念ですが、その中でどうやって多少なりとも情報を引き出すか、モデレーター、インタビュアーとして工夫する能力を高める機会にもなります。
被験者を選り好みして楽に情報収集するのではなく、どんな被験者にも対応できるべく評価技術を磨き高めるという発想の方が、人間中心設計ですよね(^^)。

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